歌え中国革命歌

唱口常開!

2014年07月

游击队歌 | 遊撃隊の歌

游击队歌

作詞 贺绿汀、作曲 -

我们都是神枪手, 每一颗子弹消灭一个敌人,
我们都是飞行军,哪怕那山高水又深。
在那密密的树林里,到处都安排同志们的宿营地,
在那高高的山岗上,有我们无数的好兄弟。
没有吃,没有穿,自有那敌人送上前,
没有枪,没有炮,敌人给我们造。
我们生长在这里,每一寸土地都是我们自己的,
无论谁要强占去,我们就和他拼到底!
哪怕日本强盗凶,我们的兄弟打起仗来真英勇,
哪怕敌人枪炮狠,找不到我们人和影。
让敌人乱冲撞,我们的阵地建在敌人侧后方,
敌人战线越延长,我们的队伍愈扩张。
不分穷,不分富,四万万同胞齐武装,
不论党,不论派,大家都来抵抗。
我们越打越坚强,日本的强盗自己走向灭亡,
看最后胜利日,世界和平现曙光

遊撃隊の歌

作詞 賀緑汀、作曲 -

我らはみんな射撃の名手、一発ごとに敵を倒す
我らはみんな飛行隊、山の高さも水の深さも怖れない。
あの鬱蒼とした林の中、着いたところに同志たちの宿営地を準備する。
あの高い山の上、我らには無数の兄弟がいる。
食べずとも、着ずとも、敵が前に送り届け、
銃もなく、爆弾もなく、敵が我らに作らせる。
我らはここで育ち、すべての土地が我らのもので、
誰であれ強奪した者を、我らは徹底的にやっつける
日本の強盗を怖れない、我らの兄弟は戦いを仕掛ける真の英雄、
敵の硝煙を怖れず、我らの人影を探しえず。
敵を錯乱させてぶち当たり、我らの陣地を敵の後方に築き、
敵の戦線はどんどん延びて、我らの隊伍はますます広がる。
貧しさも分かたず、富も分かたず、四万の同胞は皆武装して、
党によらず、派によらず、皆抵抗をする。
我らますます堅強になり、日本の強盗は自ら滅亡へと歩みゆき、
見よ最後の勝利の日を、世界の平和の兆しが見える。

概要

パッパカ、パッパカ楽しい曲調だが、それに反して歌詞はバリバリの抗日だ。 遊撃隊はゲリラとも訳せるが、おそらく抗日パルチザンと表すのが適当だろう。

八路軍の幹部だった彭雪楓の話を聞いた賀緑汀が感動して歌詞を書き上げたのが
この歌の始まりで、山西省の抗日戦線各地で歌われることにより広まったらしい。
八路軍全将兵に捧げる歌、として作成された。

映像はミュージックビデオから。Basicか何かを打ち込んでいるコンピュータに時代を感じる。 ちなみに、原曲は英国のThe British Grenadiersからきている。道理で垢抜けているわけだ。

在太行山上 | 太行山の上で

在太行山上

作詞 桂涛声、作曲 冼星海

红日照遍了东方(照遍了东方)
自由之神在纵情歌唱(纵情歌唱)
看吧千山万壑铜壁铁墙
抗日的烽火燃烧在太行山上(太行山上)
气焰千万丈(千万丈)
听吧母亲叫儿打东洋妻子送郎上战场(上战场)
我们在太行山上,我们在太行山上
山高林又密兵强马又壮
敌人从那里进攻我们就要它在那里灭亡
敌人从那里进攻我们就要它在那里灭亡

太行山の上で

作詞 桂濤声、作曲 冼星海

赤い日は東方を照らし(東方を照らし)
自由の神はの歌をうたう
見よ、数々の山や谷、鉄の壁に銅の塀を
抗日の烽火は太行山の上で燃えている(太行山の上で)
気勢は千万丈(千万丈)
聞け、母親は子供をして東洋を打たしめ、妻は夫を戦場に送る(戦場に)
我ら太行山の上、我ら太行山の上
山高く林は茂り、兵強く馬は壮健
敵はあそこから進攻する、我ら奴らをあそこで滅ぼさねば
敵はあそこから進攻する、我ら奴らをあそこで滅ぼさねば

概要

抗日戦争の代表的な歌。太行山はtai4hang2shan1と読む。銀行と同じく、
行はxing2ではなくhang2だ。東洋は東洋鬼子(日本人の蔑称)のことか。

毛沢東が抗日戦争で前線とした太行山脈の様子を歌い上げた歌で、
歌の中に戦闘性や現実性、革命のロマン性やバラ色の美しさまでをも
含ませた名曲として高い評価を受けた。言われてみればそんな歌詞だ。

映像はミュージックビデオ(カラオケ)から。千山万壑が千山万河となっている。
発音はheで4声と2声の差だが、意味は谷と川で少し違う。
好きな方で練習しよう。

抗日军政大学校歌 | 抗日軍事政治大学校歌

抗日军政大学校歌

作詞 凯丰、作曲 吕骥

黄河之滨,集合着一群中华民族优秀的子孙;
人类解放,救国的责任,全靠我们自己来担承。
同学们,努力学习,团结、紧张、活泼、严肃,我们的作风;
同学们积极工作,艰苦奋斗,英勇牺牲,我们的传统。
像黄河之水,汹涌澎湃,把日寇驱逐于国土之东。
向着新社会前进,前进,我们是抗日者的先锋!

抗日軍事政治大学校歌

作詞 凱豊、作曲 呂驥

黄河の浜、集まれ中華民族の優秀な子弟たちよ;
人類の解放、救国の責任、すべて我らにかかり自ら引き受けたもの。
同級生たちよ努力して学べ、団結、緊張、活発、厳粛は我らのやり方;
同級生たちよ積極的に働け、苦しみながら戦い、遺産で犠牲を払うのは我らの伝統。
黄河の水のように澎湃と湧き上がり、倭寇を国土の東へと駆逐せよ
新しい社会に向かって進め、進め、我らは抗日の者の先鋒だ!

概要

歌詞で分かる抗日戦争の歌。日寇なんていう大時代的な言い回しを見るだけで
今とは違った時代の歌だということがよく分かる。抗日軍事政治大学の後継である
中国人民解放軍国防大学の校歌にもなっている。人民解放軍の幹部たちは
抗日戦争の歌を歌って日々訓練に勤しんでいるわけだ。
しかし昔の歌と思えないぐらいテンポが良い。こちらもつい口ずさんでしまう。

中共合作時に洞穴を教室として学んでいた抗日戦争の幹部たち。毛沢東自ら
方針を教えて訓練を授けるその様子に感動した凱豊が歌詞を書き上げ、弱冠27歳の
呂驥に渡して曲をつけてもらった。前線で歌われた本歌はあちこちに広まった。

映像は中国国営放送のテレビ番組から。正装してこんな生々しい歌を歌うのは
どうなの、と日本人の感覚からしたら思ってしまうが、国家の一大行事で歌われる
由緒正しい歌なので、中国では違和感ないようだ。

五月的鲜花 | 五月の花

五月的鲜花

作詞 光未然、作曲 阎述诗

五月的鲜花,开遍了原野,
鲜花掩盖着志士的鲜血。
为了挽救这垂危的民族,
他们正顽强地抗战不歇。
如今的东北已沦亡了四年,
我们天天在痛苦中熬煎。
失掉自由更失掉了饭碗,
屈辱地忍受那无情的皮鞭。
敌人的铁蹄 已越过了长城,
中原大地依然歌舞升平。
亲善睦邻和卑污的投降,
忘掉了国家更忘掉了我们。

再也忍不住这满腔的怨恨
我们期待着这一声怒吼
怒吼惊起这不幸的一群
被压迫者一起挥动拳头

紅軍を待ち望む

作詞 光未然、作曲 閻述詩

五月の花、原野に咲き乱れ
花は志士の鮮血を覆う。
この危機に陥った民族を救うため
彼らは彼らはまさに粘り強く戦っては休まず。
現在の東北部は既に衰退して四年、
我らは日々痛みの中で苦しむ。
自由もうしない、さらに暮らしまでも失って
屈辱の中で耐え忍ぶ、あの無情のムチを。
敵の鉄蹄は既に万里の長城を越え、
中原の大地は相変わらずの天下泰平。
仲よき隣人との親善と汚い投降、
国家を忘れ、さらに我らも忘れた。

この満腔の恨みを再びは忍びえず
我らは期待して咆哮を上げる
咆哮は不幸な集団を驚かせ
抑圧されてた者たちは共に拳を突き上げる。

概要

抗日戦争の歌だ。革命歌の中でもかなり初期に作成された歌。前半の曲調は
勇壮な歌詞と合わないぐらいのんびりとしている。もろびとこぞりてを一瞬思い出す。
後半では在希望的田野上(希望の田畑の上で)をも思い出す。

光未然が作った詩に、幼い頃から歌を作っていた閻述詩が曲をつけたもの。
光未然は小学校教師、閻述詩は中学校の数学教師だったので、まず自分たちの学校で
歌われ始め、現在のように人口に膾炙した。

テレビ番組から。詳細は不明。若い人にも歌われていることから、
抗日戦争の記憶はずっと引き継がれていることが分かる。

共产儿童团歌 | 共産児童団の歌

共产儿童团歌

作詞 -、作曲 -

准备了好吗?时刻准备着
我们都是共产儿童团
将来的主人必定是我们
的的达的达的的达的达

小兄弟们呀小姐妹们呀
我们的将来是无限好啊
携着手前进时刻准备着
的的达的达的的达的达

帝国主义者地主和军阀
我们的精神使他们害怕
快团结起来时刻准备着
的的达的达的的达的达
红色的儿童时刻准备着
拿起刀枪参加红军
打倒军阀地主保卫苏维埃
的的达的达的的达的达

共産児童団の歌

作詞 -、作曲 -

準備はいいか? いつでも準備出来ています。
我らはみんな共産児童団
将来の主人公は必ず我々。
ディディダディダディディダディダ

小さな兄弟たちよ、姉妹たちよ
我らの将来は限りなくよい
手をとって前進しよう、いつでも準備出来ています。
ディディダディダディディダディダ

帝国主義者、地主に軍閥
我らの精神で彼らを怖がらそう
さあ団結しよういつでも準備出来ています。
ディディダディダディディダディダ

赤い児童はいつでも準備出来ています。
刀剣を持って紅軍に参加し
軍閥地主を打倒してソビエトを守ろう。
ディディダディダディディダディダ

概要

時代を感じさせる曲調だが、実はもっと古い歌がオリジナルだ。
オリジナルはソ連の軍歌「Взвейтесь кострами」(焚き火を起こせ)。

共産党宣言を彷彿とさせるような地主や軍閥と言った言葉が出てくる。
共産主義黎明期に出てきた単語から、ある程度古い歌だと想像がつく。
同時に、ソビエトを守るという歌詞から、中ソ対立以前のものだと分かる。
実際、中国成立直後の1957年に制作された映画「红孩子」(赤い子供)の
主題歌として全国各地に広まったらしい。

動画は建国60周年の記念音楽会から。やっぱり名曲なので、2009年でも歌われている。
しかし、残念ながらこの歌は曲の力を十分に引き出していない。ロシアの方の演奏を
見て欲しい。おじさんたちが立って歌っている。感動的な光景である。



歌詞はこちらソヴィエト・ロシア軍歌集積所様
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