歌え中国革命歌

唱口常開!

2018年11月

包子铺 | 肉まん店

包子铺

作詞 邹当荣、吴颂今 作曲 吴颂今

我走进那包子铺用午餐。
排着队身后来了人一个,
你看他,身材魁梧、气宇轩昂、红光满面。
哎!怎么看着那么眼熟?
服务员满眼惊喜走上前,
说: 首长请坐,想吃啥给您送桌前。
他微微一笑,又摆了一摆手,
他还是排在我的身后,队伍的最末端。
他点了一份套餐,才二十一块钱,
有猪肉大葱包子,还有芥菜和炒肝。
他同咱排大队,他自个儿买了单,
他双手端着盘子,他走向我这边。
(伴唱)他坐哪了?
(独唱)哎哟喂!亲们,亲们!
怎么那么巧?正好就坐在了我的身边!
他吃得是津津有味,还同咱们笑着聊天。
我赶紧就掏出手机,为大伙儿合影留念。
我赶忙织围脖呀,我赶快发图片儿,
网络传传传佳话,网民齐齐齐围观。
亲民爱民的习大大呀,
主席套餐 美名传。
包子铺里的一场巧遇,
寒冬里温暖了老百姓的心田!

肉まん店

作詞 鄒当栄、呉頌今 作曲 鄒当栄

私はあの肉まん店に昼食を食べに行った。
列に並ぶと後ろに一人やってきた、
この人を見よ、身体は大きく、稀有壮大、血色の良いお顔。
アイ! あの見慣れた姿をどのように見る?
店員は目一杯驚いて前に出た、
話:お座りください、召し上がりたいものは何でもお持ちします。
彼は微笑み、また手を振って、
彼はまた私の後ろに並ぶ、列の最後に。
彼はセットを頼んだ、21元、
大きな肉まんに、青菜炒めと煮込み。
彼は私達の列に並び、自分で注文し、
両手でトレイを持ち、私のところに歩いてきた。
(伴唱)彼はどこに座ったの?
(独唱)アイヨーウェイ! あなたたち、あなたたち!
どうしたあんなうまい具合に? ちょうどまさに私のそばに座られた!
彼は興味深げに食べ、また私達とおしゃべりをした。
私は急いで携帯を取り出し、みんなのために記念撮影をした。
私はすぐに微博を打ち、すぐに写真を送り、
ネットでは良い話が伝わり、ネット民は皆見た。
民を思い民を愛する習さん、
主席のセットの美名が伝わる。
肉まん店での邂逅は、
寒い冬に庶民の心を温めた!

概要

ちょっとラップ調で聞いていて一緒に歌いたくなってくるけれど、中身は習近平礼賛一辺倒の歌である。一党独裁の強さを感じる。これは事実に基づいた歌である。2013年12月28日朝6時、北京の月壇にある慶豊包子鋪(チェーン店)の駐車場に交通管理部門から電話があった。「昼に駐車スペースを開けておくように」と。午後12時15分、偉い人が来ることが知らされた。12時20分、中国共産党中央弁公庁副主任総書記弁公室主任の丁薛祥を伴った習近平総書記が来て、市民とともに行列に並び、21元のセットを食べた。

作曲者である呉頌今は以下のように回想している。「2013年12月28日、テレビでニュースを見ていたら習近平国家主席が北京で肉まんを買うのに並んだ様子が報じられ、心から感動した。このように人民に親しい様子は街中を熱狂させ、私を感動させた。そのため、 私は作詞者の鄒当栄と一緒に感動して3日の時間をかけてこの歌詞を完成させ、さらに7日かけ、京劇の曲を借りて歌を完成させた」。

動画は有志が作ったMVから。実際に習近平国家主席が訪れている写真も入っている。

红太阳一定要照亮台湾 | 赤い太陽は必ず台湾を照らす

红太阳一定要照亮台湾

作詞 邰闽歌 作曲 台湾高山族民歌

高高的玉山插云间
二二八战歌四海传
披荆斩棘百折不挠
我们是中华民族英雄汉
嗨央

我们冲过关山越大海
来到毛主席身边
各族人民亲如兄弟
社会主义祖国多温暖
嗨央

遥望家乡台湾
亲人们还在受摧残
水深火热灾难重
血海深仇记心间
嗨央

高高的玉山插云间
宝岛南北怒火燃
全国人民齐奋斗
红太阳一定要照亮台湾
嗨央
照亮台湾

赤い太陽は必ず台湾を照らす

作詞 邰闽歌 作曲 台湾高山族民歌

高い玉山雲間にそびえ
二二八の戦歌は四海に伝わる
困難に立ち向かい不撓不屈
我らは中華民族の英雄
ヘイヤン

我ら関山にぶつかり大海を越え
毛主席の近くに来て
各民族の人民親しく兄弟のよう
社会主義の祖国は温かい
ヘイヤン

故郷台湾を遥かに望み
親しき人々まだ迫害され
水深く火熱く災難深刻
血の犠牲の深い仇は胸中に覚える
ヘイヤン

高い玉山雲間にそびえ
宝島の南北に怒りの炎は燃え
全国の人民皆戦う
赤い太陽は必ず台湾を照らす
ヘイヤン
台湾を照らす

概要

ヘイヤン♪ と口ずさみたくなるテンポのいい歌だ。富士山より高い玉山(日本名新高山)や二二八事件など、台湾の地名や歴史的事件が出てくる。革命歌で台湾を取り上げるのは珍しいので新鮮にすら感じる。赤い太陽(毛沢東主席率いる共産党)の勢いを感じる歌である。なお披荆斩棘は困難に立ち向かうことを、百折不挠は不撓不屈のさまを表す四字熟語である。明るいメロディのくせして歌詞は難しい。

来歴については一切不明だし、作詞者のデータすら出てこないが、あるブログ記事によると1970年代出版の書物には掲載されていたようだ。だから1970年代の歌とした。「毛主席の近くに」という歌詞からしても毛沢東(1976年没)が存命の頃に歌われたと思われるから齟齬はない。

動画はコレまたよくわからない有志が作ったと思われるものから。今や台湾と中国はずいぶん近くなり、相互に行き来できるようになった。戦争したほうがしないよりも失うものは多く得るものは少ない時代になった。時の流れを感じる。
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