歌え中国革命歌

唱口常開!

30年代

绣金匾 | 金の額を刺繍する

绣金匾

作詞 汪庭有、作曲 陕北民歌

正月里闹元宵 金匾绣开了
金匾绣咱的毛主席 领导的主意高
二月里挂春风 金匾绣的红
金匾上绣的是 救星毛泽东
一绣毛主席 人民的好
你一心为我们 我们拥护你父亲
二秀总司令 革命的老英雄
为人民谋生存 能过好光景
三秀周总理 人民的好总理
鞠躬尽瘁为人民 我们怀念你
四绣刘少奇 人民的好主席
开辟白区立大功 我们永记你

金の額を刺繍する

作詞 汪庭有、作曲 陝北民歌

正月に元宵節を祝う 金の額を刺繍した
金の額の刺繍が歌う毛主席 金の額の刺繍の赤
二月に春風を掛ける 金の額の刺繍の赤
金の額の上の刺繍には 救いの星毛沢東
一に毛主席を縫う 人民のよい幸運
あなたはひたすら私達のため 私達はあなたの父を支持する
二に優れた総司令 革命の英雄
人民のために生き抜いて 良い景色を通り行く
三に優れた周総理 人民のよい総理
人民のために全力を上げて任務を遂行 私達はあなたを恋しがる
四に劉少奇を縫う 人民のよい主席
国民党の領地を開いて手柄をあげる 私達はずっとあなたを忘れない

概要

高音の伸びが特徴的な歌だ。周恩来や劉少奇をも讃えた歌で珍しく毛沢東以外の指導部の個人が讃えられている。ストレートな歌詞でここまでストレートに表現されると恥ずかしいけどそうかな、と思えてしまう。下手な比喩よりも直接的に伝えたほうがやっぱりいい。

もともとは甘粛省に伝わる漢族の民謡だったものを改編した歌だ。抗日戦線が広まっていくにつれて、歌も全国に広まった。その過程で短くなった。明るい曲調である一方、細かな音調を使っている。人民の毛主席や朱総司令への熱愛や親愛の情を歌い上げている。76年に毛沢東、周恩来、朱徳らがこの世を去ってから、また新たな解釈が加わり、周恩来や劉少奇を歌い上げるようになった。文化大革命のさなかにあって、プロレタリアート革命家たちが国家を建設した、この貢献を忘れないように、との意味が込められた。

動画はテレビ番組から。歌っているのは郭兰英(郭蘭英)。87歳と書いてあるが1929年生でこの動画が2009年にアップロードされているので計算間違いである。しかしおそらくは80歳頃の映像だろう。その歳でここまで上手に歌っているのだから頭がさがる。高音ののびもあるし、日本のこの歳の人たちにはあまり見られない、中国的な歌い方である。まさかそんな違いがこの映像で見られるとは思わず、感動モノである。

毕业歌 | 卒業の歌

毕业歌

作詞 田汉、作曲 聂耳

同学们,大家起来,
担负起天下的兴亡!
听吧,满耳是大众的嗟伤!
看吧,一年年国土的沦丧!
我们是要选择“战”还是“降”?
我们要做主人去拼死在疆场,
我们不愿做奴隶而青云直上!
我们今天是桃李芬芳,
明天是社会的栋梁;
我们今天是弦歌在一堂,
明天要掀起民族自救的巨浪!
巨浪,巨浪,不断地增涨!
同学们!同学们!
快拿出力量,
担负起天下的兴亡!

卒業の歌

作詞 田漢、作曲 聶耳

同級生たちよ、みな立ち上がれ、
天下の興亡を引き受けよ!
聞け、耳には大衆の辛さが満ちる!
見よ、一年ごとに国土の退廃を!
我らが選ぶは「戦」か「投降」か?
我らは主人となり死に物狂いで辺境へ行かねばならぬ、
我らは奴隷を望まず独り立ちをする!
我らの今日は人材豊かで、
明日は社会の大黒柱になる;
我らの今日は一同に集まって歌う弦歌、
明日は民族自らを救う巨大な波を湧き起こさねばならぬ!
巨大な波、巨大な波は、絶え間なく増していく!
同級生たちよ! 同級生たちよ!
早く力を差し出せ、
天下の興亡を引き受けよ!

概要

素晴らしい歌である。テンポがいいし短いし、覚えやすいし心に響く。こんな歌を卒業式で歌われたら、卒業の物悲しさはどこへやら、明日から始まる新たな暮らしへの希望をいっぱいに膨らましてしまう。いずれその希望もしぼんでしまうかもしれないが、そんな時にはあの卒業式で歌った歌を思い出したら、またやる気がこんこんと湧いてくる。逆境に立ち向かってこその人生だ。と思わせる力のある歌だ。

1931年の満洲事変の後、抗日戦争の勢いが広がっていくとともに、群衆の歌曲の創作数も増え、良い作品も出てきた。中国近代群衆歌曲の幕開け、ともいえる。田汉(田漢)が作り、導く中国左翼戯曲家連盟音楽小組も上海に誕生した。いっぽう、聂耳(聶耳)は当初北京での愛国運動に参加したが、しばらくして上海に戻った。1933年に田汉(田漢)らと出会って中国共産党に参加し、2年もしないうちに「卒業の歌」を書き上げた。

動画はテレビ番組から。青春万歳と書いてあるのは番組名ではなくて演出だろう。歌っているのは長沙市の歌舞劇院舞踏団なのでプロの卵である。だからやっぱり歌もうまいし踊りも揃っている。燃えたぎっている火が彼らの心意気を表している。客席から手拍子が聞こえてくる。この歌にこんな演出を加えられると、つられて手拍子もしたくなるのはよく分かる。歌詞はおどろおどろしいが、心がひとつになる様子が伝わる和やかな映像である。

黄河颂 | 黄河を讃える

黄河颂

作詞 光未然、作曲 冼星海

啊,朋友!
黄河以它英雄的气魄,
出现在亚洲的原野;
它表现出我们民族的精神:
伟大而又坚强!
这里,
我们向着黄河,
唱出我们的赞歌。

(歌词)
我站在高山之巅,
望黄河滚滚,
奔向东南。
惊涛澎湃,
掀起万丈狂澜;
浊流宛转,
结成九曲连环;
从昆仑山下
奔向黄海之边,
把中原大地
劈成南北两面。
啊!黄河!
你是中华民族的摇篮!
五千年的古国文化,
从你这儿发源;
多少英雄的故事,
在你的身边扮演!
啊!黄河!
你伟大坚强,
像一个巨人
出现在亚洲平原之上,
用你那英雄的体魄,
筑成我们民族的屏障。
啊!黄河!
你一泻万丈,
浩浩荡荡,
向南北两岸
伸出千万条铁的臂膀。
我们民族的伟大精神,
将要在你的哺育下
发扬滋长!
我们祖国的英雄儿女,
将要学习你的榜样,
像你一样的伟大坚强!
像你一样的伟大坚强!

黄河を讃える

作詞 光未然、作曲 冼星海

ああ、友よ!
黄河はその英雄の気魄をもって
アジアの原野に現れた;
それは我々の民族の精神を表す:
偉大で堅強な!
ここに、
我々は黄河に向かい、
我々の讃歌を歌う。

(歌詞)
私は高山の頂に立ち、
黄河の逆巻くを望み、
東南へ駆ける。
激浪は澎湃と、
万丈の荒波を巻き起こす:
濁流は曲がりくねり、
九曲連環を形作る:
崑崙山の下から、
黄海のそばまで駆け、
中原の大地を
南北両面に断ち切る。
ああ! 黄河よ!
あなたは中華民族のゆりかご!
五千年の古くからの文化は、
あなたのここから始まった;
いくつかの英雄の故事は、
あなたの身の回りで演じられた!
ああ! 黄河よ!
あなたは偉大で堅強で、
まるで巨人のよう
アジアの平原の上に現れ、
あなたのあの英雄の心身で
我らが民族の防壁を築いた。
ああ! 黄河よ!
あなたは万丈を流れ、
滔々として、
南北の両岸に向かう
千万本の鉄の腕を伸ばす。
我らが民族の偉大なる精神は、
まさにあなたに育てられて
成長した!
我らが祖国の英雄の子女は、
まさにあなたの手本に学び、
あなたのように偉大で堅強!
あなたのように偉大で堅強!

概要

偉大なる黄河を歌うにふさわしいような内容で、歌詞はひたすらその大きさ、強さを讃えている。強いことはいいことだ、大きいことはいいことだ。やっぱり歌うときは大きな声で黄河の対岸にまで届けるような、そんな勢いで歌いたい。黄河への感謝を語るとともに、負けないほどの壮大さで歌わねばならない、という気概を持ってしまう歌である。

1939年に書かれた組詩、「黄河大合唱」の中の一つである。1939年、ときは抗日戦争と国民党との戦いという二方面作戦を強いられていたときのこと。中国共産党指導部は文芸界でも抗日民族統一戦線をつくりあげようとした。そうした経緯で作られたのが、黄河を讃え、祖国を讃え、中華民族の闘争精神を讃えた本歌である。多くの国民に抗日闘争の精神を植えつけたとされる。

動画はテレビ番組から。黄河大合唱という題名のようで、黄河に関連する歌をいくつか歌った音楽会のようだ。ブレザーにネクタイ、あごひげと、革命歌を歌う人とは思えない出で立ちなので、本職はオペラ歌手などの人かもしれない。逆に言うと編曲しなくてもオペラ歌手が歌えるような曲であるということだ。壮大な歌詞も納得である。

长城谣 | 長城の歌

长城谣

作詞 潘孑农、作曲 刘雪庵

万里长城万里长,长城外面是故乡。
高粱肥,大豆香,遍地黄金少灾殃。
自从大难平地起,奸淫掳掠苦难当。
苦难当,奔他方,骨肉离散父母丧。
没齿难忘仇和恨,日夜只想回故乡。
大家拼命打回去,哪怕倭寇逞豪强。
万里长城万里长,长城外面是故乡。
四万万同胞心一条,新的长城万里长。
万里长城万里长,长城外面是故乡。
四万万同胞心一条,新的长城万里长。

長城の歌

作詞 潘孑農、作曲 劉雪菴

万里の長城は万里の長さ、長城の外に故郷あり。
コーリャンの実り、大豆の香り、辺り一面黄金色で災難少なし。
大難で平地が立ち、強姦略奪苦難に耐える。
苦難に耐え、他方に駆け、肉親離散して父母失う。
生涯仇と恨みは忘れえず、日夜ただ故郷に帰るを思う。
皆命がけで攻め帰る、たとえ倭寇が横暴の限りを尽くしても。
万里の長城は万里の長さ、長城の外に故郷あり。
四億の同胞は心を一つに、新たな長城は万里の長さ。
万里の長城は万里の長さ、長城の外に故郷あり。
四億の同胞は心を一つに、新たな長城は万里の長さ。

概要

いい歌である。万里の長城に行った時に歌いたくなるようないい歌だ。国の豊かさをことほぎ、先人の苦労をしのぶ。歌詞自体は暗いが、伸びやかな歌声に暗さも消えてしまう。当時の人口が4億人だったことも分かるので、その点だけは時代を感じる。しかし何年たっても長城の長さと国の豊かさ、先人の苦労は変わらない。

1937年春に上海艺华影片公司が撮影を開始した農編劇「关山万里」(関山万里)の劇中歌、挿入曲である。撮影途中に柳条湖事件が発生したため映画は完成しなかったが劇中歌だけは完成し、雑誌「战歌」(戦歌)に掲載された。抗日戦争の歌として青年抗日宣伝隊に広く歌われ、今に至るまでも歌い継がれている。しかし実は1957年に作曲者の刘雪庵(劉雪菴)が右派と認定されたため、本歌は20年以上にわたって歌うことを禁止されていた。1979年に名誉回復され、1994年の旧正月に放送された春节联欢晚会(中国の紅白歌合戦)で香港の歌手、张明敏(張明敏)が歌った。当時、大陸の若者は香港の歌と思ったほど馴染みのない歌だった。この歌を聞いた当時79歳の作曲者、刘雪庵(劉雪菴)は両目を失明していたが、病床で歌を聞き、感動で思わず涙したと言われている。

動画はミュージックビデオから。歌っているのは習近平国家主席の妻である彭丽媛(彭麗媛)である。やはり有名歌手だけあって聞いていても気持ちがいい。豊かな国土が目の前に広がるような感覚さえ覚える。ぜひ天気のいい日に万里の長城に行って聞いてみたい、歌ってみたいと思わせる歌声だ。

光明行 | 光が行く

光明行

作詞 -、作曲 刘天华

光が行く

作詞 -、作曲 劉天華

概要

浮ついた気分にさせる曲だ。テンポがいいシーンから始まり、緩急をつけて少しゆっくりになったかと思うと、またテンポがよくなっていく。マーチやハイキングに流す歌としては大変適している。

五四運動という抗日、反帝国主義を掲げた運動が高まりを見せた時期に作られた歌だ。行進曲ともみなされる。惚れた腫れたを歌うような、やわな音楽が流行っていた時期に「本当の音楽」を見せてやる、と意気込んだ刘天华(劉天華)が作ったのが本歌だ。行の文字は古楽府という古い漢詩の形式の名称からとったか、または行進曲からとった、という二つの解釈で分かれている。

動画は二胡の練習動画から。模範演奏と書いてある。だけどこのお姉さんの演奏がうまいからか、BGMから聞こえる他の音楽との組み合わせによる重厚感からか、試聴回数はかなり多い。
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